子ども観察記+α

兄(9歳・小4)と弟(6歳・小1)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

本質をみること

新学期になってはじめてお友達と小競り合いしたらしい兄くん。

小競り合いの理由は、「手打ち(ハンドベース的なものか)」で、本当はセーフだったところをアウトとられて負けた、的ないつものパターン(また今年もこれか・・・)。

その話をひとしきりした後で、「もうひとつ気になっていることがある」という。

遊ぶ時のチームぎめで、「各チームで一番強い子が、かわりばんこに他の子を指名していく」という決め方をしているらしく、「それだと、最後の方になった子がいやな気持ちになるじゃん。でも必然的に誰かが最後になるじゃん。」と言う。

ほほー、と思う。


ルールや勝ち負けにこだわって友達にくってかかることも、弱い立場に立つ友達を気にかけることも、兄くんの中では矛盾がない。

できごとだけを見ているとまったく異なるふたつのものに見えるけど、その根底には、共通するその子のキーコンセプトというか、本質としてもっているものが横たわっている。それを見つけると子どもに対する理解が深まる、ということを、最近つくづく感じている。

「友達と仲良くできる子かどうか」というような通知表的尺度では、兄くんみたいなあらわれはたぶん測れないだろう。「ある/ない」「いい/わるい」を超えたところにあるものを、わたしは見たい。

兄くんの場合でいうと、彼には機会の均等性や公平さを重んじる感覚があるように見える。だから、「自分だけ得をする」も「自分だけ損をする」も、同じくらい耐えられないことなのだろう。

そこから出てくる「友達にくってかかる」や「友達を気にしつつだまっていた」という行動のレベルでは、改善や成長のポイントはもちろんある(そしてとても大事)。

でも、そこにだけ目を向けるのではなく、その子のどういう本質がその行動を取らせているのか、ということのほうを、できるだけたくさん見ていきたいと思う。

何より、そのほうが面白い。毎日が「ほほー」の連続になります。