子ども観察記+α

兄(10歳・小4)と弟(7歳・小1)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

なんでもない日に

子ども達が帰宅してからの時間が、
ずいぶん楽しくなってきた、と思う。

兄が新生児の頃は、ぜんぜんそんなことなかった。
夕方から、夫が帰宅するまでの時間が、
一日のうちで一番しんどい時間だった。
話しかけても反応がない。
こちらが起こすアクションと、相手の動きとの間に
相関関係がまったく感じられない。
思わず友人にメールしたら、
「その時期の赤ちゃんはまじ宇宙人」って返ってきた。
わたしはその手の比喩があんまり好きじゃないんだけど、
あの時ばかりは、「宇宙人」っていう言葉がすとんと入った。

うん、ほんと、まじ宇宙人でした。

それが、日が経つにつれて、
表情が出てきて、
動きが出てきて、
泣き声以外の声が出てきて、
それが言葉になって、
二言三言、やりとりできるようになって、
会話が楽しめるようになってきて、
今はもう「親として」だけじゃなくて、ただ
「ふつうに言葉を交わし合える相手がいる喜び」
を感じるようになってきている。

今こうして、兄と弟のやりとりを聞いているだけで
楽しい。

今ここに至るのに、8年(兄)と5年(弟)。
365日×8、365日×5だ。
「過ぎてみたら子育てなんてあっという間」っていう言葉も
もちろん間違いじゃないんだろうけど、
でもまあそれなりの時間だ。渦中にいる今はなおさら。

でも今日みたいにふと、
「あー、ここまでもう来てるんだ」って感じる時が、たまにある。
登山の途中にふと、登ってきた道を見下ろすみたいに。

別に誰のお誕生日でも何でもないけど、
こういう何でもない日(しかも今日は月曜日)に案外、
この人たちと今、一緒にいられて幸せだなあー、と思う瞬間が
降ってくる。

徳川家康は偉人か。さからう力

真田丸」の徳川家康が、どんどん悪そうなじーさまになっている。
今日の兄弟はなぜか家康ごっこに興じていて、
「これが城攻めじゃ」とか
「豊臣も終わったのうー」などと、悪そうな台詞を言い合っては笑っている。

「そんなに悪い?家康って」と聞いてみた。
すると「いや、そんなことない」と二人とも言う。
「250年も平和にしたのは、えらい」と、弟は言う。
「でも、豊臣をほろぼしたり、他の大名がさからう力をなくして平和にしただけだから、徳川がえらいというわけではない。」と、兄はもうちょっと詳しいので、言う。

弟は、戦が起きなかった期間の長さにこだわり、兄は、戦以外の苦労に目を向け、
ほんとに徳川家康はえらかったかどうか論争(というか、江戸時代が素敵だったかどうか論争)が、ひとしきり続く。
弟は、声をひっくりかえして「250ねんだよ!平成の約10ばい!」と強調し、兄は、「まんが日本の歴史」の、改易や一揆、倹約令のページを論拠として挙げるあたりに、キャラの違いを感じる(笑)

兄に、「さからう力はあったほうがいいの?」と聞いてみたら、
「そりゃーさからう力がないと、徳川のおもうつぼじゃん」
と来た。なるほどねー。

さからう力って具体的にはなんなのか、聞いてみた。
ちゃんと文句を言うこと、負けないこと、命令をきかないこと…
兄の言葉の中には、意外にも、「武力」的なものはなかった。
武力で脅す行為も、武力で備える行為も、兄の世界にはないんだなー、と思った。
「でも、相手が攻めてきたらどうする?」と聞きかけて、やめた。


兄弟が寝た後で、
「さからう力」をもちながら平和を保ち続ける方法について、
わたしも考えている。







 

成長のかたち。

ここのところ、小3男子の書字能力がめきめき向上している。
漢字を、間違いなく、きちんとした字で、ある程度のスピードで
書けるようになってきた。

これまでは、頭の中に浮かぶ文字のスピードと手のスピードが
まったく合わず、かーなりじれったそうだったのだ。
消しゴムをかけて半分やぶれたり、かんしゃくをおこして
黒々と塗りつぶされたりしたノートやプリントを、
これまで何枚も見てきた。時折、はじっこに涙の跡が残っていた。

「書けるようになってきてよかったね」もあるけど、
ああ、やっぱり君はそういうプログラムを備えてきてるんだね、
という納得感のほうが強い。ちょっとじーんとする。

長男は、首が座るのも、寝返りをはじめるのも相当ゆっくりだった。
ハイハイはついにしなかった。
歩き出すのも周りの子よりだいぶ遅かった。
のんびり構えていたら
「そろそろお医者さんに相談したほうがよくない?」と助言を受けた。
どうしようかな、と思ってるうちに、ある日突然歩き出した。
そして、あっという間にすたすた歩いたり、走ったりするようになった。
おしゃべりもかなり遅かったけど、ひとたび始まったら、
どんどん語彙が増えていった。
「スタートは遅いが、短期集中で習得していくタイプ」
なのだな、と思った。
以後、トイレも、縄跳びも、自転車も、そんな感じで習得してきている。

子どもの中にはその子に固有の学習プログラムが備わってると思う。
そのユニークさと揺るぎなさには、人という存在の神秘すら感じる。
種が発芽する仕組みも、こんな感じなのかな、と思う。

久々に、こんな風に
「ああ来た、長男パターン!」と再確認することができて、
喜びと祝福の混じった、はればれと明るい気持ちになっている。

お行儀悪い日。

子どももわたしも、本が好きだ。
家のあちこちに本が置いて(積んで)あって、
暇さえあれば手当たり次第に持ち出し、ページをめくっている。 
(「脱衣所で服を脱ぐ間」とか「歯磨きしている間」も、
その「暇」に含まれる。)

本当のところを言うと、ごはん中にも本が手離せない。
子ども達がやってると注意するんだけど、
わたしもひとりの時は、カフェで本を読みながらランチ、
なんてことは、よくやる。
(でも子ども達がやってると注意する。大人はずるいー、って
子どもにも言われますが、ほんとおっしゃる通り…。)

「お行儀が悪い」ことは確かだ。本だって傷む。
一緒にいる人たちとおしゃべりしながら、
味だけではなく、料理の色や形、音や匂いも楽しみながら
食べるほうが、もちろん素敵だ。
その喜びも、ちゃんと味わいたい。

でも、「本に没頭しながらなんか食べる」っていうことの
幸せも、確実にある。

それがデフォになるのはさすがにまずい気がするけど、
でも、両方あっていいんじゃない?とある日ふと思いついて、
それからは、ながら食べ推奨の日、
通称「読み食べ」を不定期開催している。

家族のそれぞれが全然違う本を読みながら、
いかにも「なんか食べる」っていう感じの、
あいまいかつ簡単なごはんを食べる。
幸せだ。

今日久々に「読み食べ」した。
次男は「ダーウィンが来た!アフリカ編」を、
長男はなぜか漢字字典を読みながら、簡単なごはんを食べた。
(メニューは、ちょっと言えない笑)
わたしは届いたばかりの「真田信之」の本を。
お互いに、相手の本がちょろっと気になりながら、
自分の世界に没頭していた。


満たされたーーー。

はじめての習い事。

6歳になった次男。
前から「6歳になったら習う」と言っていた通り、
兄の通っている剣道教室の体験に行ってきた。

初めてとはいえ、お兄ちゃんが習い始めてから約3年間、
毎週体育館の隅っこで練習の様子を見てきている。
そのせいか、すり足も素振りも、それっぽい感じでやっている。
そして時々、ものすごーく誇らしげにこっちを見る(笑)

今日の練習の後半は「すり足鬼ごっこ」をしてたんだけど、
最年少の次男に、上級生のみんなはちょうどよくおまけしてくれていた。
みそっことはいえ、つまらなくならないようにある程度本気で相手を
してくれてて…みんな、そういう塩梅を自然に身につけてるんだなあ、と
温かい気持ちになる。

剣道には、隣の小学校の子たちが多い。
兄の行ってる小学校は区内でも大きい方だけど、
隣の小学校は学年2クラスの小さな学校だ。
同じ学年はもちろん他の学年でも顔見知りだし、
保護者同士のつながりも強い。
剣道に来ると、昔ながらの「ご近所異年齢集団」が
生きているのを感じる。
校区は違うけれど、そういう温かさの中にいさせてもらうことが、
兄弟にとってもいい体験になっていると思う。
(わたしも飲み会とかに混ぜてもらってとてもありがたい笑)

次男は、「剣道たのしい!」と先生にも言って、
(先生から「そうかそうかー♡」と言ってもらって)
ご機嫌で帰宅した。
新しい世界に足を踏みいれた感覚があるんだろう。
今日はお風呂のしたくも歯磨きも、自分からどんどんやっていた。

子どもは着々と成長していく。

明日、六歳。

明日がお誕生日の次男。
もう嬉しくて嬉しくてたまらないらしく、
やたらと飛び跳ねている(比喩でなく)。
兄の剣道の先生や、
さっき来たクロネコのお兄さんにまで
「ちなみに、明日、六歳。」
って言っていたし。嬉しいんだなあ。

5歳の1年間で、次男の世界には、
いろんなことが新たに加わったと思う。

野球が大好きになった。
戦国武将の名前をたくさん覚えた。
字を書くようになった(左利きだった)。
それで、はじめてお手紙をくれた。
(おかあさんへ、とだけ書いてあった)
乳歯が2本、抜けた。

この一年で、しなくなったこともある。

わたしと一緒にお風呂に入ること。
壁に落書きをすること。
絵本を読むこと。
どんぐり収集。

五歳の一年は、なかなか変化の大きい、めまぐるしい一年だった。
あたしは一生洗濯機の中からどんぐりを発掘し続けるのか…とか
思ってたけど、全然そんなことなかった。
永遠に続くことなんて、どこにもない。

明日から、六歳の一年が始まる。…ちなみに。

 

母娘卒業。

週末父が不在となるため、実家ヘルプへ。
母と話していて、
どうやら母の中から、出産体験及び、自分がわたしの母親だという認識?が
消えてしまってるらしいことに、気づいた。

わたしの名前も、わたしが東京から来たことも知っている。
でも続柄だけちょっとあいまいになっている感じ。人の頭の中って複雑だ。

もちろんびっくりもしたけど、来たかーって感じもあった、
いや確かに最近ちょっと敬語まじりだなーとは思ってたんだよねええ^^;

昨年母が認知症を患ったことを知って以来 、
なんとなくこの日が来るのを恐れてた、と思う。
ドラマみたいに、母から「どなただったかしら?」とか言われちゃう日が。
そんなこと言われたら、きっと超絶望するだろうなーーって思ってた。

で、実際はというと、今のところ特に何も起きてない。
母はにこにこしてごはんを食べてくれたし、一緒にテレビも見たし、
いつもあんまり入りたがらないお風呂にも(しぶしぶだけど)入り、
「あーさっぱりした」と言ってついさっき床についた。

ここには悲劇的なストーリーは何もない。
「幼かった頃の大切な思い出が…消えた」とか、
「おそらく受け入れられなかったのだ、母は。『母であること』を。」とか、
そういうの(笑)。
文学少女なので、こういうの一瞬で100個くらい考えられるんだけど^^;
まあそれはやらなくていい。
私の中の田口トモロヲは、沈黙を守っています(笑)。

それよりも、突如として
「母でもなく、娘でもない」新しい関係が始まったような気がして、
それはそれでこれからちょっと楽しみだなーと思っている。