子ども観察記+α

兄(9歳・小4)と弟(6歳・小1)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

野球の先生

野球を習いたい、と次男が言い出してからだいぶ経つ。地元のチームに入れてみようかと思ってはサイトを開き、毎週土日にびっしり組まれている練習予定を見てはそっと閉じている。公園脇で練習を見守るご父兄を見かけるたびに、とてもあのお仲間には入れないと思う。

夏休みに入る前、彼が学校からプリントを持ち帰ってきた。区内のスポーツ施設で行われる「初心者野球教室」のお知らせだ。夏休み中の5日間。朝9時から10時半。全5回で2500円(安い)。せめてこれくらいならサポートしたい、と思い、申し込んだ。

先日その第一回があった。4人のコーチが、元気よくかつ温かくフランクに、集まった野球好きキッズに声をかけていく。最初は所在なげにしていた子どもたちが「返事、かならず返事してね!」「集合、って言われたらダッシュで集まろう!」ときっぱりした口調で活を入れられ、だんだんびしっとしていく。

この人たちの雰囲気には覚えがある、と思った。中学校で働いていた時に同僚だった「野球部の先生」たちにそっくりなのだ。家ではぐだーっと床に寝そべって「お水ください・・・」とかつぶやいている次男が、きびきび動いて大きな声を出している。そうさせるような「有無を言わせないパワー」が、彼らにはみなぎっている。決して丁重ではないフランクな口調とか、ぱっと聞いてわかるようなシンプルな理屈とか、「バット振ったら音が出る、すごい!」的な身体的プロフェッショナル感とか、そんなものが混ざった感じ。

そういえば、中学校時代の担任も野球部顧問だった。明るくフランクで頭がよく、やんちゃな生徒もすっと従わせてて、そしてわたしはその先生に反発しまくってた。やな感じ、と思ってたのだ。教員になってからもそうだった。自分のクラスのやんちゃくんを抑えてもらってたりフォローをたくさんしてもらっているのに、「野球部の先生」、または同じ匂いのする先生がたに対し、ありがたさと同時になんとはなしの「やな感じ」が拭えないでいた。

「はい、いーよいーよ!」などと、よく通る声で時折声かけをしながら練習を進めているコーチを眺めていると、その「やな感じ」が蘇る。練習が始まるまでお母さんに駄々をこねていた大きい子が、目をまっすぐコーチに向けて、何か答えている。疲れた、といってすぐ座り込む次男が、真剣な顔をしてボールを取りに行っている。・・・うーん、やな感じだ。

やな感じやな感じ、となんとなく思い続けて、ふと、そうかうらやましいんだなわたしは、と思った。確固たるやり方をもって、堂々と子どもと対峙している(ように見える)人たちを見て、うらやましいと思ってるんだ。

コーチは大雑把に声をかけているように見えて、実のところ20人ほどの子どもたちの動きをよく見ている。「もうちょっと肘下げてごらん」「そうそう」「お、いいね!よくなった!!」と、短くて的確なアドバイスとフィードバックで、子どもに「できた感」を感じさせていっている。

どれもこれもが「自分にはできない」って思ってることだらけなんだなー、と、日の強いグラウンド脇でしみじみ考えてしまった。教員としては当時、それは欲しくてたまらない力だったけど、今、母親としてはどうなのか、とも。

そんな野球教室もあっという間にあと2回。待望の野球ができて嬉しい次男はもちろん、付き添いのわたしにとっても学びの多い場になっている。