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子ども観察記+α

兄(9歳・小4)と弟(6歳・小1)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

覚えた言葉を使いたい

弟くんをお迎えに行ったら、顔が腫れていた。どこかにぶつけたかな、と先生も心配な様子。「痛くない?」と聞いたら、
「そんなの痛くもかゆくもないよ!」と唐突に慣用句が降ってきて、思わず先生と笑ってしまった。使い方があってるような間違ってるような。

「覚えたての言葉を使ってみたい」という気持ちが、兄も弟も、強い。漢語も慣用句も、比較的幼い頃から会話の中にばんばん入っている。「はー疲れたー」と言えばいいところを、「体力が激しく消耗してる〜!」とかいう保育園児…身体は小さいのに、口調がおじさんみたいだ。

今日、「街場の文体論」(内田樹)の読書会に参加した。会話の中で「語彙が増えるとはどういうことか」に話題が及んだ時に、ぱーっと、自分の小さい頃のことが蘇った。

わたしも兄弟と同じように、聞きかじった言葉をよく使ってみる子どもだった。最初はとにかく、聞いたことを口に載せてみたいのだ。言ってみると、だいたい周りの大人は笑う。今思うとそれが嬉しくてやっていた部分も大きかった。あの、大人たちの温かい笑いが懐かしい。

幼い口調で言うからギャップがあるし、だいたい場にそぐわない大仰な表現になる。そして微妙に使い方が違ってたりする。そういうことの面白さもあれば、言葉を獲得したいという子どもの好奇心に対する好感もある。…大人たちの笑いの中には、いろいろなものが混じっていたと思う。「お前が話すと話が難しくなる」と苦笑されることもあったけど、でも全体的には、せいいっぱい背伸びし、成長しようとしている自分が喜ばれている、寿がれているような感覚があった。

「痛くもかゆくもないよ」って言う弟くんの口調が妙におかしくて、わたしは先生と一緒に笑った。さっき棚のパンを持ち出しながら「ぼくはしょうこりもなくパンをぬすみぐいするよ!」と宣言していた時も。これってほんとうにささいな、日々くりかえされることだけれど、その都度、おかしくて、笑っちゃって、愛おしい、と思う。

こうやって、兄弟たちが、楽しさの中で言葉を覚えていっている様子を側で見ていることが、わたしにとっては子育てのうちの大きな喜びのひとつだな、と思う。

参加した読書会はこちらです。

eriie.hatenablog.com