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子ども観察記+α

兄(9歳・小3)と弟(6歳・保育園児)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

8歳と6歳のサバイバル生活

久々の更新です。クリスマスからお正月にかけて、インフルエンザで寝込んでおりました…しかも夫と2人で。

数年前だったら割と気軽におじいちゃんヘルプを要請して数日預かってもらっていたところだけれど、両親も高齢化してたり子どもも子どもなりにいろいろ予定があったりして、もうそういう訳にはいかない。どうにか4人で生き抜かなくてはこの東京砂漠で…!とも一瞬思ったけれど、実際には、保育園友達やご近所友達に、とにかくたくさん助けてもらった。送り迎えしてもらったり、一緒に遊ばせてもらったり、買い物や食事の差し入れをしてもらったり…本当にありがたかった。東京はぜんぜん砂漠じゃありませんでした(涙)。

そして子どもは子どもで、この非常事態をけっこう生き生きとサバイバルしていた。というか、8歳6歳でどうにかこうにか暮らせていたことに、正直驚いた。

親が何も言わなくても、ご飯を準備して食べて片づけてお風呂湧かして入って消灯して眠る。あれだけ普段「ご飯だよー」とか「お風呂入りなさーい」とか言ってたのはなんだったんだろう、とふと思う(笑)。


学童&保育園キッズは、平日家にいる時間が短い。帰ってきてからは宿題をやるのがせいぜいで、お手伝いの時間を取るのって案外難しい。「3歳児です、包丁使っています」的な記事を見かけて(うわー、やってないなー…)と、ちょっと気になるときもある。

それでも、いつのまにか子ども達は、
ごはんを炊いたり、おかずを温めたりするくらいはできるようになっていた。3日目くらいには、「いくらなんでも部屋が荒れ過ぎている…!」「もう着替えのパジャマがないよ!」と、いろんなことに気づいて、そこから自分たちなりに解決していた。そういう風に、掃除も洗濯も、必要に迫られればできるのだ。

「正しいやりかた」が身についているというわけではない。服なんか干したところからそのまま着てたし。でも、自分たちなりに考えて、そこにあるものでどうにか暮らす、という感覚は、いつのまにかちゃんと育っているようだ。大丈夫、今だって十分、上京したての大学生ぐらいのことはできている。

もしかしたら、「お手伝い」としてやりかたをいちいち隣で教えるよりも、ある程度まるっと投げたほうがいいのかもしれない、とも思う。まずは自己流でもいいからなんとかやってみて、そこから、自らのニーズに従って(もうちょっと美味しいもの食べたいとか)、内容の充実を図っていくという道筋もあるのではないか。


冬休みの振り返りに「お父さんとお母さんが病気だったので、弟と2人暮らしをがんばりました」と書いていた兄。弟も、保育園の先生に「子ども達だけでごはんつくったの!」と報告していた。

本当に、よくがんばりました。