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子ども観察記+α

兄(9歳・小3)と弟(6歳・保育園児)の、日々の観察記録と、+αの記録です。

おもちゃを持って帰ってきちゃった話

昨日、保育園から帰ってきた弟くんが、「これ、つくったんだー」と、ラキュー(というパズルブロックがあるのです)でつくった新幹線をもってきた。

よくできてる。が、ラキューのピースが、だいぶ古びているのが気になった。

「これ、もしかして、保育園からもってきた?」

ニュートラルに聞いたつもりだけど、わたしがびっくりしていることは瞬時に伝わって、(あ、まずい)という顔になる。

「違う、おうちでつくったの」という弟くん。「ほほうー。いつの間につくったの?」「げ、げつようび…」「ふーん、そうかあ。」とわたしもいったんは収めたものの、弟くん、あからさまに挙動不審になっている…わたしもこの、疑惑を抱えたままの状態が非常にしんどい。

「えーとさ、弟くんとはほんとの気持ちでお話したいから、今言わないでいることがあったら教えてくれるかな」と伝えたら、かぶせるくらいのスピードで、「ごめんなさいいいーー涙」と、泣きながら、本当のことを話してくれた。

保育園で2日かけてつくって、かっこよく完成して、どうしても見せたかったから持って帰ってきちゃった。と弟くんは言った。先生にもお母さんにも、言ったら怒られると思ったから、言わなかった、と。

言ってくれてたら先生もぜったい相談に乗ってくれるし、お母さんだって同じだよ。でもまあ、弟くんは、それくらい、きまりをだいじに思ってるんだね。それを破るんだから、どきどきしたんじゃない?

そんな話をしていたら、ちょうど夫が帰ってきた。

一部始終を弟くんから聞いた夫は、隣の部屋からカメラを持ってきて、「じゃ、せっかくだから写真撮ろう!」と言った。

…その発想はなかった。というか、一瞬「え、今の話ちゃんと聞いてた?」って思った(笑)。けれど、夫は確かにちゃんと聞いていた。

わたしは「こっそり持ち帰った」ところの心の痛みに共感して聞いていたけれど、夫は、当初の「家族に見せたかった」「かっこいいでしょ?」のところに寄り添っていた。(そしてわたしはそこには全然寄り添っていなかった)

どちらが適切か、という問題ではないけど、「やられたー!」って感じがした。

こういう時に、夫と一緒に子育てしていることの価値を感じる。自分の目は、なんだかんだとまっすぐにしか届かない。だから、別の角度から、子どもを見てくれる人の目って、とても必要。それはたぶん、夫でも、園や学校の先生でも、ご近所さんでも、同じことなのだ。

晴れ晴れとした顔で写真に納まる弟くんや、それまで固唾をのんで見守ってた兄くんが「うんこれはなかなか年長児にしては上出来」と謎の上から目線でほめているのを見ながら、そんなことを思っていた。

にしても、写真撮ろう、って発想はなかったなー。ちょっと悔しい(笑)。